小さな本音をさらけだそう

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「常識=同調圧力」であるという独自見解

忙しいものですね。もう4週間近く書けていなかったようです。毎日書けている人ってすごいですよね。芸人にでもなった方が稼げるんじゃないかと思ったりします。でも、芸人って面倒臭いからやらないでしょうね。テレビを見ればすぐに分かります。最近不祥事目立ちますしね。某イケメン芸人のK.Eさんはもう死んだようなものでしょう。

 

常識とは、怖いものです。何故怖いか、それは常識という、見えない圧力が存在しているからです。

これを読んでいる人は、少なからず「常識」を押し付けられたという経験があると思います。また、その「常識」に固執する人を見かけたことが、1度くらいはあると思います。例を挙げるなら、

ONE PIECEを見てない(知らない)のはあり得ない」

「パズドラ・モンスト・シャドバ・グラブルはやってるのが普通」

「シンゴジや君の)ryは観ないと損wwww」

一部、私の偏見を含みますが、大体はこんな感じでしょう。

 

はい、正直言って、うざいです。

「だから何だ!」というのが、率直な感想です。常識を押し付けないでください、と言いたいですね。実際言ってましたが。

 

言葉としての常識の定義

そもそも、常識の言葉としての定義とは何を示しているのか、調べてみました。

大辞林 第三版の解説

じょうしき【常識】

ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力。 「 -では考えられない奇行」 「 -に欠ける」
共通感覚 」に同じ。 〔「哲学字彙」(1881年)に英語 common sense の訳語として載る〕

とりあえず、常識の定義を載せておきます。

 

つまるところ、常識は言葉としては「当然」や「当たり前」の知識、判断というになるでしょう。ただ言い換えただけなので、説明になっていないかもしれませんが……。

現在の生活における常識の定義

言葉の定義としての「常識」は上記のとおりでした。では、今現在、普通に生活している上での「常識」の定義を、独断と偏見で考えてみたいと思います。

 

岐部辞苑 第一版の解説

じょうしき【常識】

(1)ある社会で、知っていること、またはそれを好んでいることがあたかも普通であるようなこと。 「ONE PIECEが好きなのは日本人として-」「君の)ry観ろよ、-だろ?」

(2)相手を間接的に罵倒したり怒ったりするときに使う言葉。この場合の常識の意味は使用者の主観によって決められ、また相手はその意味を汲み取れない場合が多く、曖昧になりがちである。 「-で考えろ」「お前は-が足りない」

(3)常識という言葉を利用した強制。本来の常識の定義とはかけ離れた意味になりやすい。「それがここの-だ、やれ」「それは-的に考えてもできて当然」

 

※岐部辞苑なんてもちろんありません。ご了承ください。

 

上記が独断と偏見で考えた「常識」の定義になります。こうしてみると、「常識」という言葉はどうにも本来の定義から外れているような気がします。気のせいでは済まないことでしょう。そもそも、常識という言葉そのものが嫌いなのですが。

ここから考えられることに、

「常識=同調圧力

ではないかと考えています。

 

同調圧力のうざさ

何故かは知りませんが、日本人ってやたら「同調」したがりますよね。私は日本人でありながら、この風潮が嫌いで日本人が嫌いです。そもそもの話ですが、そんなに一人(或いは独り)が嫌なのでしょうか。それとも楽したいためなのでしょうか。どちらにしても、私は無意味な同調とそれを強制する同調圧力は嫌いです。

 

もはや後は退学手続きを残すだけの大学で、行くと必ず目にする、無意味な「集団」

。何故か嫌悪感を感じます。きっとその「常識」が、私は嫌いだから嫌悪感を感じているのだと思います。大学に限らず、群れている「集団」は嫌いです。それらを見ると、「所詮独りじゃ何も決められないんだな」と、心の中で思います。そして、一人、もしくは独りを好んで生きていくのだと思います。

 

ただし、仕事上チームを組む必要がある場合、一人でいるわけにはいかないので、基本的には協力姿勢はとります。ですが、それ以上のプライベートで無意味に群れても仕方ないと思うので、仕事以上には関わらないつもりです。それが社会的「常識」なら、真っ向から否定して動きます。まだ、チームを組むかは決まったわけではないですが、この考えで行くつもりです。

 

結局、同調圧力は一人を好む人たちにとってみると、すごくお節介で迷惑でうざいものです。それが日本において常識のように蔓延しているとも感じます。ですが、その常識は私から見ると、間違っているとしか思えません。同調を強制するのが「常識」だというのなら、その「常識」に欠けた行動、つまり、一人を好んでいたいと思います。

 

結び

同調圧力は、残念ながらどこでも発生します。たとえ現実世界でなくとも、インターネット上でもかなりの確率でその「常識」が蔓延しています。ですので、もしそんな「常識」に疲れてしまったら、そっとネット回線を切ったり、私にブログにコメントでも残してください。返答できる話題なら返答しますよ。

 

 

「常識」を、超えろ!