読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

小さな本音をさらけだそう

リンクス岐部が好きに色々と書くブログ

流行は、嫌いです

完全に4週間に1回の割合になっているという時点で、当初の目標であった1週間に3、4回書くことはもう無理かもしれないです。そもそもリンクス岐部をもう名乗っても仕方ない気がしていますが。とはいっても、何か思ったことはここに垂れ流す形で書いておこうと思います。折角作ったので。

 

私自身、流行というものを残念ながら全く知らないという特性が存在しています。ただし、これは私が積極的に流行から外れるように行動・情報収集していることもあって、あえて流行を知らないようにしている、と言った方が正しいかと思っています。これには私なりの、一部偏見の可能性ありの理由で流行を知らないようにしています。

 

流行を知らない理由

  • 流行を知ったところで興味が無い

これは私が最初に思う事で、まず"興味が無い"ので見向きもしません。これに関しては、流行になるのが大抵私の趣味に合っていないだけ、という事もあるでしょう。合っていなければ無理をすることもありませんね。

 

  • 大したこと無いのに大騒ぎしていると感じる

 何故でしょう、流行しているものに限って、何故か大したこと無いように感じてしまうことが多々あります。

「なんかやたら周りが騒いでいるだけで実際は大したこと無い。何がいいのか全く理解できない」

個性と感性の問題といえばそれまででしょうが、私はこう感じます。

 

  • すぐ流される日本人の性質が嫌

未だに日本人は流されやすい人が多いと感じます。Aが流行ったと思ったら数週間もしないでBが流行り、Bが流行ったと思ったら今度はすぐCに……の、以下無限ループを繰り返しているのを見て、

「流されやすい、自分の無い人間。置いていかれるのが不安で仕方ない弱い人間ばかり」

としか思えませんでした。人間嫌いの原因がここにもあるのかもしれないですね。そんな日本人ばかりでは、正直どうしようもないですね。いつか悟りでも開きましょうか、なんて思ってしまいたくなります。

 

  • 流行のポイ捨て・使い捨て

これは上の事の続きになるでしょう。Cが流行っているのが現在であったとした時、果たしてAとBはどこに消えたのか、ということを思うわけです。このときに思うのが、流行をポイ捨てした、もしくは使い捨ての道具としか見ていないということです。これに関しては、所謂「信者」といいましょう、狂信的なファンもいることは確かです。なので、使い捨てというのは表現上微妙でしょう。ですが、散々騒いでいた一般ユーザーはどうでしょうか。

「殆どが一言も言及していない、そして現在の流行にばかり話題がいく」

まさしく、「ポイ捨て」ですね。何やっているんでしょうか、全く理解できません。

 

合わせるのは疲れる

流行を知り、追うこと。これって結局、誰かに

「合わせる」

ことと同じだと感じています。ならば、疲れます。しかもそれが興味の無いことであったり、嫌いなものであったというのなら尚更でしょう。そう考えると流行って面倒臭いです。

私の場合大半は興味が無く、そもそも合わせようとも思わないので、疲れることはありません。それでどう言われようが、所詮他人は他人です。私の人生が大きく変わるわけでもないでしょう。無視が妥当です。

 

流行を無理に追わなくてもいい

結局、流行なんて実際は大したことでもないわけです。それを知ってるかどうかで判断するような人間がいたとするなら、それは自分の無い、哀れな人間でしょう。それよりも、自分の好きな事を追って、突き詰める方がよっぽど自分のためだと思います。その中でもし同じような人がいたら、そういう人を大事にしていくことがいいでしょう。これを読んでいる皆さんが、人間嫌いでなければ。

 

では、また気が向いたら書きますので、そのときにまた会いましょう。

 

 

 

全て壊すんだ!(流行)