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退職カウントダウン: 研修所に別れを告げて 2019-07-23

もう始まってる!(退職のカウントダウン)

 

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終焉のカウントダウン(通常魔法) 元決闘者としては非戦闘型・特殊勝利が好きだった。

 

世間ではクソジャップのクソ行為で連日テレビがそのクソジャップの実態を放送している。ネット上のポータルサイトSNS、どこを見てもそんな話ばかりでうんざり、ストレスが非常に溜まる。しばらく私は、インターネットから圧倒的距離を置いたほうがいいのであろうか。あるいは、日光の三猿を実践するべきなのか。少なくとも私は、今のジャップを全く好きになれない。むしろ大嫌いだ。生まれこそジャップなのに。

そんなことはいつか永田町の中心に核ミサイルが落ちてすべてリセットされることを期待して、金曜日を実質的な研修の最終日として、埼玉・大宮の研修所を後にした。これでもう、埼玉に行く必要はなくなった。退職のカウントダウンはこれで5ターンくらい進んだであろうか。まだ序盤とはいえ進歩である。あとは、退職に関わる手続きを済ませ、年金手帳などの重要アイテムを取り戻すことで、本当に別れを告げることができる。短くも過酷な戦いは、もう少しで終える。そこで、雑記のような形でまとまらないかもしれないし、また同じようなことを書くかもしれないが、これまでの経緯を書いていく。 

たった一つ、「人任せ」が生んだ悲劇

時を大学時代にまで遡る。4年は研究に熱を入れて、進めていこうと考えていたわけである。そのとき、就活というジャップ特有のクソシステムが研究を邪魔してくるのである。はっきり言って新卒一括採用なんて時代遅れ(何年前のシステムをそのまま使っているのか)だし、そもそも大学は研究や学問を追及する場であり、就職予備校ではないのである。就職予備校なら所謂ポリテク=職業訓練校で十分である。もっともこれは、失業給付金目的が大きいとは思うが。

その面倒を回避するために取った手段が、エージェントを利用することだった。一般にエージェントはキャリアを積んだ人が使うもので、労働人口が減ったことが影響しているのか次に既卒NEETを中心とするエージェントが登場し、そこも埋まりきると今度は新卒向けエージェントが出る。少子化の時代に何故か増えているのは気のせいだろうか。労働人口が減っているのだから、今後エージェント系は廃れていくと思うのだが。

現役で使用したのは、過去記事に放置されている、渋谷に本社を置く人材紹介会社がやっているサービスである。元々は既卒NEET・フリーター向けであるサービスがあって、それを新卒用にしたものである。始めたのはここ最近らしい。5年前くらいだろうか。(名前出すと怒られるから出さない)

当時としては、相談はしやすかった。面接対策等もしてもらえたので、そこそこのやりやすさはあった。求人に関しても、「当時は」それなりによかった気がする。今振り返ると、全部「実質派遣」だったので最悪である。そこは所詮「人材紹介会社」なのだろう、その程度の求人しか持ってこれないのだと思われる。結局ここも「人売り企業」であることは、間違いないはず。

そんな悪い洗脳に騙され、そして「人任せ」をした結果、今の悲劇を生み出してしまうことになった。崩壊の序曲は、ここからだったのである。

 

遅すぎた「気付き」、捻じ曲がる「信念」

面倒が嫌いな人(スティンガー/ACPP)並みに手抜き就活をして、大学を無事卒業して、3月末に神奈川県民は絶対に引っ越してはいけない土地・埼玉は大宮の社員寮(正しくはニューシャトルで大宮から1駅)へ単身、引っ越したわけだが、これがひどかった。

何もない(再翻訳先輩)

周囲にまともな施設がなかった、訴訟。スーパーがないってどういうことなんですかね……(困惑)。所詮埼玉は田舎なんだな、と認識した。コンビニはセブンイレブンだけとか、やめたくなりますよー買い出し。ファミマとローソンも置いて、どうぞ。

さらに、引越し1日目からすでにノイローゼになった。早すぎる。どうやら私は、そもそも一人暮らしができない人だったようだ。当時としては大丈夫だと思っていたが、それは自分に嘘をついていただけに過ぎないということであった。そして同時に、私にとっての大事なものに気付いたのがその時であったのだが、だが時すでに遅し。選択を今更覆すこともできないので、そのまま戦うことにした。苦しい3ヶ月半の始まりである。

そのときから、「絶対に帰る」ことを目標、信念としていた。だが私がいたのはエンジニアを売り飛ばして儲ける「人売り」企業、個人の事情を考慮することはまったくしてくれない。どこであろうが、とりあえず送り込めばいい、そして送り込んだ先がどんなにブラック企業であっても経営陣や営業からすればOKなのである。その時点で会社に派遣契約に対する賃金が支払われ、その金で潤っているためである。派遣は時給制であり、これが何故か一般派遣の場合より安い場合がある。また、会社はそのエンジニアに対し給料を払うわけだが、これのピンハネがひどく、一般には40%も盗られていると言われている。もっとよこせ。

新卒(4大卒22歳)の場合、契約が30万であると仮定すると、18万くらいが実質な賃金になると思われる。この部分は場合によるが、新卒の最低平均を余裕で下回るほど低賃金で働かされることになるこれを誤魔化すために、わけのわからない手当てを含めて20万っぽく見せていることが多い。基本給だけで見ると、完全にアウトである。

そんな中に加えて、どこか全くわからないところへ、左遷の如くほぼ地方に飛ばされる。新卒にそんなことをさせるのは酷だと思うんですけど(名指摘)。これにより、私が大事としている信念が捻じ曲がることとなった。こうなってしまっては、もう時間の問題である。

『信念を捻じ曲げてまで、仕事はしたくない』

そう思ったのが4月末、ここから、薄くだが転職を考え始めることとなった。

ちなみに、この当時は静岡に飛ばされることになっていたが、仮病で回避した。だが、この方法は長くは続かなかったのである。結局どんなに抵抗しても、意地でも地方に飛ばそうとする。何も考えてはくれないってはっきりわかんだね。

 

結局地方に飛ばされるとわかって本気で転職活動を始める

GWを挟んで戻ってきた5月、ここからは暫く、ただひたすらに意味があるのかわからない研修を黙々こなすだけの日々を過ごした。この間には特に話は来ず、だが話が来ない分、周りはどんどん就業先が決まっていき、研修所を離れていく(ドナドナ)。そして6月4週目、周りがほぼいなくなって、静かになった中で、お偉方に呼び出されて現実を突きつけられる。

「地方逝け」(話が長かったので意訳)

6月で試用期間が終了するため、どんな枠で入社した人も地方を前提に動くように強制される。つまり、転勤族は確定、(家族がいれば)単身赴任もほぼ確定、引越しの連続も確定、不便の享受も確定である。何一ついいことがない。

これでもう、どんなに抵抗しても地方に逝く=帰れないと分かり、ここで仕事をサボると同時、転職活動を本気で始めた。活動に際し、エージェントには頼らない方法で活動した。転職サイトを使う方法である。

だが、大手のサイト(鉄道"陸ルート"や"自分案内"や"やるだ")は、早期退職者やそれに該当する人、所謂第二新卒には向いていないものだった。一応、項目として第二新卒はあるものの、いまいちパッとしないものばかりだった。ただし陸ルート系では陸案内次は、いいところ診断のために登録した。結局それ以外はあまり使わなかった。

そのため、ベンチャーではない、中程度のサイトを使用することにした。その中では、ドル円を使った。中程度のサイトは他にも"種類"とかあるようだ(あまり知らない)。

中程度のサイトでは、地元の企業の求人も掲載されることがあることが利点である。そして大抵、そのような企業は地元に根強い歴史や関係を持つため、地元での活動が中心となる。下手をすれば、その場所以外に事業所がなかったりすることもある。これは間接的に、転居も転勤もないことを示している。もっとも、そこがホワイトあるいは普通の企業である保証はどこにもないが。

私の場合、登録後、条件検索でその企業を発見したのである。これは零細だが70年も続く、地域密着企業であった。しかも募集期限が迫っていたため、速攻魔法で円特有のWeb履歴書を書き上げて応募した。もう少し早くに知っていたらそれはそれで楽だったかもしれないが、期限が迫っていても意外とどうにかなるということがわかった。漫画の締め切り目前みたいな勢いだった。

応募後は、次の日に連絡があり、いつも週末に実家に帰っていたので、土曜日の昼に面接をセッティングしてもらった。面接は、面接という状況ではあったものの、むしろちょっとした話し合いになっていた。また、店舗兼事務所でもあったため、途中近くのレストラン(これが、面接に行った地域で長く続くグループ会社が経営している)に移動して話をすることになったが、そこで話しているときに、レストランを経営するグループ会社の社長が現れて(面接を受けた企業とはお互いに長く続く知り合い)、少し話をした。

私のことを見るや、「スロースターター型」であることを見抜いたのである。そして、5年、10年単位で伸びていくことから、寧ろ面接を受けた企業で働いたほうがいい結果を残せる、とまで断言したのである。確かに、大企業ではないにしろ、人数が多い会社に抵抗があった私には、なるほどと言える位に説得力があった。また、そういう人は利害関係がないので嘘を言う必要がない。ほぼほぼ、事実であると考えてもいいだろう。

その後話を戻し、進めていった結果、8/1からスタートする、そこで必要なものを人売り企業の人事から回収できたものから渡していく、後はもう一度会って話をして、制服の調整なども後々行うようにすることで、内定という形になった。もっと苦戦するかと思われた転職活動は、事前に色々まとめておいたためか、実際に活動してからすぐに決着をつけることができたのである。零細だから、というわけではないと思われる。零細でもまともじゃない人は内定以前に面接がすぐに終わる可能性があるからだ。

 

「何が大事か」で決めた結果、後悔のない転職先へ

今のクソSES人売り企業から地域密着零細へ転職することになると、どこがどう変わるか。それを少しばかりまとめてみた。

  • 給与 月給191680  ⇒  220000
  • 休日 完2日[123日]  ⇒  週2(日曜他1)[71日?]
  • 勤務地 地方のクソ田舎あり  ⇒  店舗兼事務所を中心に活動(車でいける範囲まで)
  • 労働時間 9:00-18:00(8h) 休憩1時間?
  • 雇用形態 名ばかり正社員(派遣)  ⇒  正社員
  • 資格 取る意味ある?  ⇒  第二種電気工事士(関連する他の資格も取ってOK)
  • 必須 車(田舎に住む=車通勤はクソ、維持費で金なくなる)  ⇒  MT免許
  • 仕事内容 底辺の雑用  ⇒  人とのふれあい中心、家電販売、設置工事など
  • 研修 就業先が決まるまでひたすら+隔離地でなぜか研修  ⇒  OJT、(家電販売なので)メーカーの研修を2・3日(Panasonic)

思いつく限りでは、これくらいであろう。この中で大きく変わるのは休日であり、見た感じではおそらく半分くらいに減りそうなことがわかった。だが私にとっては、仕事内容のほうが重要であり、その内容が自分にとって良いもの、あるいは好きなことであるのなら、休日の少なさは気にならない。それにどんたく(ミカバンド)でも歌っているように、7日に1日は仕事もお休みであれば大丈夫である。申し訳ないが大日本帝国海軍はNG。

また赤は、私にとっての重要なポイントである。特に、転居も転勤も確実にないこと、特定派遣=常用型派遣=客先常駐という名ばかり正社員から抜け出すことができる、仕事内容がかつてのアルバイト経験を生かしながら、電気の分野に少しばかり関連があることで、そうなると私にはデメリットよりもメリットのほうが圧倒的に多いと感じるのである。

これも、自分にとって「何が大事」かを冷静に分析し、それにしたがって動き、決定したことで、ここに転職しても後悔しないと断言できるところの内定を貰ったのである。実際はまだわからないことがあるので、これからまた何かしら問題が発生したり、あるいは新しい発見をすることだろうと考えている。だがそのときはそのとき、しかし確実に言えるのは、自分の信念や大事なものを曲げずに転職活動をしたので、それ以外の部分では柔軟に対処することで長くやっていくことができるはずである、ということだ。

私は自分に嘘をつき、自分自身で信念や大事なものを曲げてしまった。そのせいで悲惨な結果をもたらしてしまった。だが人は失敗から学ぶもの。私は学び、自分に嘘をつくことをやめ、自分に正直になった結果、後悔することのない転職先を見つけることができた。

おそらく、新卒で今の会社を退職することに関して、ほとんどの人は懐疑的に見ることだと思われるが、だが自分の人生、それは気にせず、自分の人生を生きることにする。文句なんて言わせない。

 

自分の人生は、自分でしか生きられないから。それじゃあ、また。

 

今回の一言

書いていたら超文になっていたし、しかも誕生日になっていた。

 

24歳になりました。時が過ぎるのは本当に早い。